ナレンドラ ダモダルダス モディ नरेन्द्र दामोदरदास मोदी Narendra Damodardas Modi 太陽系は約46億年前、銀河系(天の川銀河)の中心から約26,000光年離れた、オリオン腕の中に位置。 18代インド首相 前グジャラート州首相
清好延氏逝去(72歳)…インド生活20年余…
30年来「インド仲間」「麻雀仲間」であった清好延氏が昨日逝去した。享年72歳。
清さんは、知る人ぞ知る「インド通」、それも一風変わった「インド通」であった。東京外国大ヒンズー語学科卒業後、インドとの付き合いは約50年、インド駐在期間は総計20年以上、インドビジネスに関係する日本人で最長期間インドに駐在した人だろう。
インド・インド人が「好きで好きでたまらず」、昨年までインド生活を堪能していた。著書に「インド人とのつきあい方」や「インド商人ならこう考えます」など、独特の表現でインドを紹介した。ブログが一般化してからは、「インド博物館」と言うブログを開設し、写真を活用しインドを紹介した。この写真は迫力がある。
清 好延の作品 - 著者略歴 - アマゾン
インド 清 延 の画像検索結果
インド / 清 好延【著】 - 紀伊國屋書店ウェブストア
訃報 清 好延 氏(H、64年卒) - Wix.com
- 清好延のおすすめランキング · インド人とのつきあい方―インドの常識とビジネスの奥義 · インド商人ならこう考えます―ヒンドゥ世界に学ぶビジネス必勝法 · インド 海外 ...
太陽系は約46億年前、銀河系(天の川銀河)の中心から約26,000光年離れた、オリオン腕の中に位置。
2023年 02月 04日
ナレンドラ ダモダルダス モディ ナレンドラ ダモダルダス モディ太陽内部の物質は極端な高温のために全てプラズマの状態にある。18代インド首相 前グジャラート州首相
ブログトップ太陽系は約46億年前、銀河系(天の川銀河)の中心から約26,000光年離れた、オリオン腕の中に位置。
2022年 05月 22日
街頭のスイカ屋 (追加) 2009/5/25

相国寺金閣寺 | 臨済宗スイカは4トントラックに積まれてやってくる。ここぞと思うところに積み下ろし、売り子を残して立ち去る。
売り子は、少年トペアーになっている。スイカが売れるまでここぞと思うところで寝起きをする。
一人では用足しに行けぬので、少年とペアーを組む。 





街頭のスイカ屋 2008/7/8
ひげで有名なシックが館長の目の前でスイカやの前に立った。 「小僧、このスイカは甘いか」「甘いよ」
「それで試しきりをするがよいか?」「いいよ、これを切ってみな。」すると、件のシックは、やおらポケットから包丁を取り出し、スイカから四角錐を切り取り、おもむろに一口試食した。満足してそのスイカを買って自動車に乗った。
シックは、四六時中刀を身につけていなければとの戒律がある。そこで包丁が出てきたわけである。
街頭のスイカは最近ココナッツも売っている。スイカは品種改良されて昔に比べておいしくなった。もはや、スイカに砂糖をかけて食べることはなくなった・・

マンゴー 2007/2/25
マンゴー実蝿の所為で、インド産のマンゴーは日本へ輸出できなかった。薫蒸の設備と其の設備を検査したり指導する技官の話などの非関税障壁があったわけである。ニチメン、商事、物産などの大手商社が随分苦労と労力をここ20年つぎ込んできた結果、昨年のマンモハンシン首相の訪日の際にお土産として、漸く解禁となった。
今年は、去年にまして日本へ輸出されるであろう。いや、日本が輸入できるであろう。インドは、日本への輸出はさておき、中近東、ヨーロッパへの輸出実績は年々増えていて、日本に輸出できなくてもあまり困っていないという事情がある。だから、日本が輸入できるようになったと言う方が正しい言い方かも知れない。
昨年は大本命のアルフォンソが時期的に日本へ紹介できなかった。今年は何種類のマンゴーが紹介されるであろうか。
そろそろマンゴーが果物屋の店頭に並び始めた。まだ高くて南のマンゴーで旬ではない。この辺りでは、漸く花をつけ始めたところである。
マンゴーの木である。今が盛りと花を咲かせている。

マンゴーの花は地味である。この巫女さんの鈴のような形の花付から一個のマンゴーが育つ。木によっては数メートルの紐の下にマンゴーがぶら下がる。

日本向けマンゴー解禁(2007/4/23追加)
昨年のマンモハンシン訪日へのお土産の一つに積年の課題であったマンゴーの解禁があった。
此処20年来、各商社が色々やったが実をむすばずに、ようやく昨年にインド産マンゴーの日本でビューがかなった。
館長は今回の2週間の忙しい時間を割いて、日本のマンゴーの状況の一部を見て驚いた。
今や,東国原 英夫が知事となった宮崎のマンゴーが1個6300円で売られていた。
インドのマンゴーをどの程度の値段にするか難しい問題である。
形が小さい、色が派手でないので、1個1000円前後が適当かと弱気になったりしている。 タイ産、メキシコ産、宮崎産と並んで、それぞれ1050円、1050円、2625円でした・・

フィリピン産は525円でした・・

メキシコ産、宮崎産は色も形も派手でした・・

宮崎産は、一個6300円のも有りました・・味を試したかったのですが、各種の問題があり出来ませんでした・・
さて、インド産アルフォンソをいくらで売ればよいのでしょうか・・
デビューが一寸遅かったようです・・5年くらい・・

グラブカースと言う品種です・・ 一寸あっさり系・・見た目は良い・・

日本人学校の大きなマンゴーの木にも実がなった・・此れからもっともっと大きくなる・・

この実はとてもマンゴーらしい形をしている・・勾玉のような形が見て取れる・・

これも日本人学校のマンゴーだが、10年はたっていない若木である・・

ニューデリーのハウスカースの高級住宅街の庭先のマンゴーの木である・・かなり実が大きくなってきている・・マンゴーの種類はチョーサーという・・来週には鳥や頭の黒いネズミに盗まれないうちに収穫すると
いう・・このサイズがアチャール(漬物=唐辛子とレモンと塩を主体とした漬物)用にベストだという・・

2007/6/27 追加
チャンディガの中島邸の裏庭からお隣のマンゴーを盗撮です・・マンゴーの形(勾玉の形)に成ってきている・・恐らくラングラーと言う品種であろう・・

ベナレスからコルコタ辺りまでのお国自慢のラングラーを鬻ぐ兄弟・・ 値段を聞くと「キロ40ルピー(100円)」と正直に相場を言った・ ・館長は2キロ半買った・・丁度100ルピー(260円)

左がマルダ種、右がラングラー種何れも緑で食べ頃の品種である・・左は大和屋さんから戴いたラジギルの近所のもの・・旨くも有り難いものであった・・

マンゴー追加 2008/7/8 アルフォンソ
マンゴーの時期は品種によって違う。
最初に出るのがアルフォンソで、5月が旬である。上品な味と香りでインド一といわれる。丁度両手で抱え込むと、何とも言えない肌触りで、温かい。この時期に頂いたものは稀有の価値がある。味も香りも粒も揃って大きく、いたく感心した。デリー辺りのマーケットではこの時期入手は困難である。産地はボンベイ、グジャラート辺りという。

12個入りの箱である。

サフェダ
両手で抱えきれないような大きさで黄色のマンゴーで、5月後半からマーケットに出る。非常にジューシーで、甘い。香りはあまり高くない。少し白っっぽい、粉っぽい食感である。デリー周辺で取れるという。
左奥の黄色いのがサフェダである

ダセリ
この近所で今の時期取れる品種で、甘味が強く香りも結構良い。でもアルフォンソの品格はない。やや小ぶりで、流線形をしている。



パパイヤ 2007/2/19
パパイヤに含まれているパパイン酸と言う物質は、酵素として働き肉の繊維をやわらかくする。硬い肉を一晩パパイヤに挟んで調理する方法が西欧には有ると言う。パパイヤの上に生ハムを乗せるのは意義のあることである。メロンの上に乗せるのは単なる味の問題であろう。
インドのマンゴーは有名だが、パパイヤも当たると素晴らしくうまい。深い芳香と適度の甘みは、熱帯の果物の中で、涼しさを醸し出す珍しい果物である。
館長は当たるを狙い毎朝食べているが、当たらない。インド中でパパイヤはあるが、バンガロールのほうが当たりの確立が高いようだ。 切って種を取り除いた状態である。甘みが少ないときには、さいの目に切ったパパイヤに、プレイントーグルと蜂蜜を少しで館長は食べる・・朝の果物はパパイヤプラスもう一種である・・

パパイヤ専門店である。何か山水画に出てくる山のように展示して売っていた・・

これもパパイヤの専門店である。主婦と店主とやり取りしている。パパイヤの甘さについて・・

パパイヤの木である。2年目辺りから実をつけるという。あまり年数がたつと甘みが落ちると言う・・実は種類に拠るが一個で5キロ以上のものも有る。

葡萄 2007/1/24
給食で、干し葡萄を食べたときに、なぜ干し葡萄は細長いのだろうかと疑問を持った。その後、高校のときに中国製のジェードの葡萄置物を見たときに、葡萄が細長いのに気がついた。田舎者は丸い葡萄しか知らなかったのである。
インドの葡萄は細長いのと丸いのとがある。館長はこの細長い品種が好きである。種無しである。今が盛りである。 今が盛りである。1キロ60ルピー(150円)位である。 黒いほうが丸い品種である。

手前は柘榴。その右がチクと呼ばれる柿の味に近い果物・・

確かに細長い俵型である。此れを干せば細長い干し葡萄になるわけである・・

食用鬼灯 2007/1/24
今マーケットで、奇妙な果物が売っている。2~3センチのオレンジ色の丸い光沢のある果物である。此れがなんと食用鬼灯である。
食べてみると、日本の鬼灯のようなえぐさはなく、皮も柔らかで、鬼灯臭さが残る一寸乙な味の果物である。生食も良いが、シロップで煮てプリンの添え物としても活躍する。
インド語の名前はあとで調べるとして、此れをグズベリーと言うインド人がいる。グズベリーとは明らかに違うが、グランドチェリーと言うのもいただけない。ものの名前の難しいところである。 イチゴの手前が件の食用鬼灯である。集合体として飾られているので一寸変な感じがする。

間近に見ると個体が集められたものであることが判る。

分解してみるとまさに鬼灯である。坊主頭を露出させて糸でからげて集合体を作っていたのである。

食用ホウズキのインド名は、通称ラスベリーで通っている様である。
学名は、Physalis peruvianaで、通称として physalis, Cape gooseberry, ground-cherry, golden berry, uchuva, Inca berryと呼ばれるようである。
ナス科のである。
Kingdom: Plantae
Division: Magnoliophyta
Class: Magnoliopsida
Order: Solanales
Family: Solanaceae
Genus: Physalis
Species: P. peruviana
Binomial name:Physalis peruviana
日本でこれを食べる機会に恵まれた・・
2022年 05月 22日
| 街頭のスイカ屋 (追加) | 2009/5/25 |
| スイカは4トントラックに積まれてやってくる。ここぞと思うところに積み下ろし、売り子を残して立ち去る。 売り子は、少年トペアーになっている。スイカが売れるまでここぞと思うところで寝起きをする。 一人では用足しに行けぬので、少年とペアーを組む。 |
| 街頭のスイカ屋 | 2008/7/8 |
| ひげで有名なシックが館長の目の前でスイカやの前に立った。 「小僧、このスイカは甘いか」「甘いよ」 「それで試しきりをするがよいか?」「いいよ、これを切ってみな。」 すると、件のシックは、やおらポケットから包丁を取り出し、スイカから四角錐を切り取り、おもむろに一口試食した。満足してそのスイカを買って自動車に乗った。 |
| マンゴー | 2007/2/25 |
| マンゴー実蝿の所為で、インド産のマンゴーは日本へ輸出できなかった。薫蒸の設備と其の設備を検査したり指導する技官の話などの非関税障壁があったわけである。ニチメン、商事、物産などの大手商社が随分苦労と労力をここ20年つぎ込んできた結果、昨年のマンモハンシン首相の訪日の際にお土産として、漸く解禁となった。 今年は、去年にまして日本へ輸出されるであろう。いや、日本が輸入できるであろう。インドは、日本への輸出はさておき、中近東、ヨーロッパへの輸出実績は年々増えていて、日本に輸出できなくてもあまり困っていないという事情がある。だから、日本が輸入できるようになったと言う方が正しい言い方かも知れない。 昨年は大本命のアルフォンソが時期的に日本へ紹介できなかった。今年は何種類のマンゴーが紹介されるであろうか。 そろそろマンゴーが果物屋の店頭に並び始めた。まだ高くて南のマンゴーで旬ではない。この辺りでは、漸く花をつけ始めたところである。 |
| マンゴーの木である。今が盛りと花を咲かせている。 |
| マンゴーの花は地味である。この巫女さんの鈴のような形の花付から一個のマンゴーが育つ。木によっては数メートルの紐の下にマンゴーがぶら下がる。 |
| 日本向けマンゴー解禁(2007/4/23追加) 昨年のマンモハンシン訪日へのお土産の一つに積年の課題であったマンゴーの解禁があった。 此処20年来、各商社が色々やったが実をむすばずに、ようやく昨年にインド産マンゴーの日本でビューがかなった。 館長は今回の2週間の忙しい時間を割いて、日本のマンゴーの状況の一部を見て驚いた。 今や,東国原 英夫が知事となった宮崎のマンゴーが1個6300円で売られていた。 インドのマンゴーをどの程度の値段にするか難しい問題である。 形が小さい、色が派手でないので、1個1000円前後が適当かと弱気になったりしている。 |
| タイ産、メキシコ産、宮崎産と並んで、それぞれ1050円、1050円、2625円でした・・ |
| フィリピン産は525円でした・・ |
| メキシコ産、宮崎産は色も形も派手でした・・ |
| 宮崎産は、一個6300円のも有りました・・味を試したかったのですが、各種の問題があり出来ませんでした・・ さて、インド産アルフォンソをいくらで売ればよいのでしょうか・・ デビューが一寸遅かったようです・・5年くらい・・ |
| グラブカースと言う品種です・・ 一寸あっさり系・・見た目は良い・・ |
| 日本人学校の大きなマンゴーの木にも実がなった・・此れからもっともっと大きくなる・・ |
| この実はとてもマンゴーらしい形をしている・・勾玉のような形が見て取れる・・ |
| これも日本人学校のマンゴーだが、10年はたっていない若木である・・ |
| ニューデリーのハウスカースの高級住宅街の庭先のマンゴーの木である・・かなり実が大きくなってきている・・マンゴーの種類はチョーサーという・・来週には鳥や頭の黒いネズミに盗まれないうちに収穫すると いう・・このサイズがアチャール(漬物=唐辛子とレモンと塩を主体とした漬物)用にベストだという・・ |
| 2007/6/27 追加 チャンディガの中島邸の裏庭からお隣のマンゴーを盗撮です・・マンゴーの形(勾玉の形)に成ってきている・・恐らくラングラーと言う品種であろう・・ |
| ベナレスからコルコタ辺りまでのお国自慢のラングラーを鬻ぐ兄弟・・ 値段を聞くと「キロ40ルピー(100円)」と正直に相場を言った・ ・館長は2キロ半買った・・丁度100ルピー(260円) |
| 左がマルダ種、右がラングラー種何れも緑で食べ頃の品種である・・左は大和屋さんから戴いたラジギルの近所のもの・・旨くも有り難いものであった・・ |
| マンゴー追加 2008/7/8 |
| アルフォンソ マンゴーの時期は品種によって違う。 最初に出るのがアルフォンソで、5月が旬である。上品な味と香りでインド一といわれる。丁度両手で抱え込むと、何とも言えない肌触りで、温かい。この時期に頂いたものは稀有の価値がある。味も香りも粒も揃って大きく、いたく感心した。デリー辺りのマーケットではこの時期入手は困難である。産地はボンベイ、グジャラート辺りという。 |
| 12個入りの箱である。 |
| サフェダ 両手で抱えきれないような大きさで黄色のマンゴーで、5月後半からマーケットに出る。非常にジューシーで、甘い。香りはあまり高くない。少し白っっぽい、粉っぽい食感である。デリー周辺で取れるという。 左奥の黄色いのがサフェダである |
| ダセリ この近所で今の時期取れる品種で、甘味が強く香りも結構良い。でもアルフォンソの品格はない。やや小ぶりで、流線形をしている。 |
| パパイヤ | 2007/2/19 |
| パパイヤに含まれているパパイン酸と言う物質は、酵素として働き肉の繊維をやわらかくする。硬い肉を一晩パパイヤに挟んで調理する方法が西欧には有ると言う。パパイヤの上に生ハムを乗せるのは意義のあることである。メロンの上に乗せるのは単なる味の問題であろう。 インドのマンゴーは有名だが、パパイヤも当たると素晴らしくうまい。深い芳香と適度の甘みは、熱帯の果物の中で、涼しさを醸し出す珍しい果物である。 館長は当たるを狙い毎朝食べているが、当たらない。インド中でパパイヤはあるが、バンガロールのほうが当たりの確立が高いようだ。 |
| 切って種を取り除いた状態である。甘みが少ないときには、さいの目に切ったパパイヤに、プレイントーグルと蜂蜜を少しで館長は食べる・・朝の果物はパパイヤプラスもう一種である・・ |
| パパイヤ専門店である。何か山水画に出てくる山のように展示して売っていた・・ |
| これもパパイヤの専門店である。主婦と店主とやり取りしている。パパイヤの甘さについて・・ |
| パパイヤの木である。2年目辺りから実をつけるという。あまり年数がたつと甘みが落ちると言う・・実は種類に拠るが一個で5キロ以上のものも有る。 |
| 葡萄 | 2007/1/24 |
| 給食で、干し葡萄を食べたときに、なぜ干し葡萄は細長いのだろうかと疑問を持った。その後、高校のときに中国製のジェードの葡萄置物を見たときに、葡萄が細長いのに気がついた。田舎者は丸い葡萄しか知らなかったのである。 インドの葡萄は細長いのと丸いのとがある。館長はこの細長い品種が好きである。種無しである。今が盛りである。 |
| 今が盛りである。1キロ60ルピー(150円)位である。 黒いほうが丸い品種である。 |
| 手前は柘榴。その右がチクと呼ばれる柿の味に近い果物・・ |
| 確かに細長い俵型である。此れを干せば細長い干し葡萄になるわけである・・ |
| 食用鬼灯 | 2007/1/24 |
| 今マーケットで、奇妙な果物が売っている。2~3センチのオレンジ色の丸い光沢のある果物である。此れがなんと食用鬼灯である。 食べてみると、日本の鬼灯のようなえぐさはなく、皮も柔らかで、鬼灯臭さが残る一寸乙な味の果物である。生食も良いが、シロップで煮てプリンの添え物としても活躍する。 インド語の名前はあとで調べるとして、此れをグズベリーと言うインド人がいる。グズベリーとは明らかに違うが、グランドチェリーと言うのもいただけない。ものの名前の難しいところである。 |
| イチゴの手前が件の食用鬼灯である。集合体として飾られているので一寸変な感じがする。 |
| 間近に見ると個体が集められたものであることが判る。 |
| 分解してみるとまさに鬼灯である。坊主頭を露出させて糸でからげて集合体を作っていたのである。 |
食用ホウズキのインド名は、通称ラスベリーで通っている様である。 学名は、Physalis peruvianaで、通称として physalis, Cape gooseberry, ground-cherry, golden berry, uchuva, Inca berryと呼ばれるようである。 ナス科のである。 Kingdom: Plantae Division: Magnoliophyta Class: Magnoliopsida Order: Solanales Family: Solanaceae Genus: Physalis Species: P. peruviana Binomial name:Physalis peruviana 日本でこれを食べる機会に恵まれた・・ |
銀河系(天の川銀河)の中心から約26,000光年離れた、オリオン腕の中に位置。2022年 05月 22日
インド交通事情 2007/10/6
インドは車は左である。人はオウン・リスクで好き勝手に歩いている様である。
信号の長さを、館長は二つに分類する。シンガポール型とバンコック型である。シンガポール型は、信号の変わりがめまぐるしいくらい早い。バンコック型はうんざりするほど一つの信号が長い。館長は一つの信号で1時間以上待たされた経験がある。
日本はその中間であろう。インドはその日本とバンコックの中間であろうか。だからなかなか信号が変わらず、うんざりすることが多い。最近の信号では信号が変わるまでの残りの秒数を電光掲示するものが出てきている。
長いものは180秒以上を掲示している。3分である。
インドの伝統ある大都市では、Raj時代(英国統治時代)の名残のロータリーが残っている。馬車の時代の遺物である。そこへ、百万台の自動車が毎年投入されてきた。従い、車があふれ大渋滞が発生する。ロータリーをスムースにうまく抜けるのは本当に大変である。
インドの運転の見切りがすごい。宮本武蔵はその五輪の書で見切り3寸と説いたという。相手の太刀筋から3寸離れていれば、切られないとの極意を説いたという。インドの運転は見切り1寸である。人と車、車と車、車と自転車、車と牛などがすべて1寸の見切りで動いている。
中には見切りを間違え、接触事故を起こす車もかなりの頻度で出てくる。車の表面にその戦果を物語る傷持が多い。事故の保険は自分の車は自分の保険で修理することになっていることはすでに報告した通りである。保険の更改期に保険料が上がるのを避けるため、小さな傷、いや車が動いている間は、保険求償は行わないオーナーが多く、従い傷持ちの車が多く見られるわけである。
インドでは、こんなに自動車が増えることは想定外であった。従い渋滞に対する対策ができていない。日本の様に系統式の信号システムは導入されてない感じがする。また駐車が大問題である。インドの今までの建造物では地下に駐車場を設ける考え方がなかったので、自動車は建物を囲む狭い前庭・中庭・後庭に二重三重に駐車を強いられ、そこに止められない車は、路上駐車を強いられる。路上の駐車場は、政府がテンダーにより業者を指名して、業者は駐車料金を集めながら駐車をさせている。駐車する度に、5ルピー(15円)・10ルピー(30円)と駐車料金を取られる。時間は関係ないようである。
デリーの中心部のコンノート・プレイスでは、狭い駐車場に車が2重3重に駐車させらあれ、そこから出るときには、知恵の輪を解くように手で車を動かし所定の車を道まで誘導するのが、駐車場係員のあんちゃん達の重要な仕事になったいる。同じような光景がINAマーケットでも見られる。
最近のサケットあたりのオフィス・ビルでは地下2階まで駐車場を用意するところも出てきているが、日本と違いほとんどの上級職(マネージャー以上)は、社有車で通うか自家用車を通勤に使うため、スペースが足りなくなっている。
道路にはレーン(車線)が敷かれているが、ほとんどが無視される。デリー・グルガオン間が片道4車線の高速道路が開通したが、レーンを勝手に変えながら楽しげに走っている。レーン変更のインディケーターを使っている車はほとんど見当たらない。
バス・レーンもあるようだがこれもあまり効果を発揮していないようである。バスの運転は、乱暴で傲慢である。そこのけそこのけとばかりに暴走に近い形で走り回る。バスの車体はその結果の名誉の傷で満身創痍である。
最近デリーのポリスはスピードガンを利用して、スピード違反の取り締まりを行っている。館長の車も今週その洗礼を受けた。58キロ出していたとて、18キロオーバーで切符を切れれた。チャラン(罰金)900ルピー(2700円)であった。運転手の懐からの出費は痛いであろう。
インドで一番日本と違うのは、警笛についてである。警笛は鳴らす為にある。その頻度と音の大きさは半端ではない。日系の自動車会社はインド仕様として警笛を強化していると聞く。とにかく乗っているものは、乗っている間中同じ警笛音を聞かされ続ける。口で警笛を鳴らすなと運転手に言っても、永年の習慣は治らない。マルチスズキのある日本人技師は、自分の車の警笛のコードを断線して警笛を零にしたという。不思議なことに、鳴らされた前の車や、人が日本のように食ってかかる図はない。お互い様ということか。
昔インドの国会で如何にアンバサダーが不良な車であるかと議論されたことがあったそうだが、その時の議論の一部が頭に残っている。「購入して3か月たつと、アンバサダーは警笛以外のあらゆるところから音が出るようになる。」というもので、インド人のユーモアに感心した。
もうひとつ、インドでは直進信号が赤であっても、左折は特に禁止の表示がなければ自由である。丁寧に左折自由とわざわざ表示を出している交差点もある。道路が広いのとコーナーが角ばっていないからできる技であろう。
インドで自分で車を運転する日本人は数少ない。日本大使館のスタッフとか大和やさんの成松さんとか限られている。普通の日系企業では運転を禁止しているところもあるようだ。
でも、自家用車を運転するのはインド人にとって当たり前のことで、女性のドライバーのよく見かける。サリームくんは姫トラは危険と言っていたが、これは日本と同じようである。 左折自由の標識

堂々たる片道4車線。NH8(国道8号線)グルガオンとデリー間。車線変更が頻繁に行われし、二輪車がでたらめに車線を無視して走る。

駐車場は、2重3重に駐車させられる。手動で必要な車を動かし知恵の輪のように外へ出す。サロージニ・ナガル・マーケットの駐車場である・・

まだましな感じのバスである・・
1950年代のはじめに阿佐が谷から豊島園を往復していたバスがこんな感じであった・・

バスは/~来るバスも、また来るバスも、みな同じ、満身創痍の、暴走の跡(キズ)・・



コンノートプ・レイスの駐車の現状・・ この狭い駐車用にいかに多くの車を止めるかが、駐車係りのアンちゃんの腕であり、要求された車の出し入れも舌を巻く熟練度である・・まさに知恵の輪の技術である・・

ニームラナ工業団地 2007/10/9
JETROがラジャスタン州の開発公社であるRIICO(
Rajasthan State Industrial Development & Investment Corporation
Ltd. )とMOU(memorandum of
understanding)を交わし、日本企業の誘致を行っている工業団地が、ニームラナ工業団地(Neemrana Industrial
Area)である。
ニームラナ工業団地は、Phase-1, 2,が既にあり、今回Phase-3が日本企業誘致に充てられている。すでに日信ブレーキがその嚆矢となって地鎮祭を行っている。日信の工場建設は、オリンピックで名をはせた長野の北野建設が行う。
二番手が、三井化学で、11月が地鎮祭と聞く。
ニームラナ工業団地のデータの一部である。ラジャスタン州、アルワール( Alwar)地区(District) デリーから114キロ、ジャイプール(Jaipur)から114キロ、国道8号線(NH8)沿い で、べロール(Behror)から15キロ地点。 広さは644エーカー 水の供給は深さ30メートルからの地下水で2500ガロン/時間 可能である。 風は5km/hour Phase-I, IIに進出している大手企業に Parakram Technofab Ltd.,
Rochees Breweries Ltd. ,
Ginni International,
Haryana Sheet Glass Ltd.,
Prerna Syntax Ltd.,
Parle-G などがあり、そのほかにも多数の企業がすでに操業している。 所轄の官庁 Regional Manager RIICO Ltd. Shahjahanpur District-Alwar-301 706 Ph:
(91) (01494) 235237, 235367, Res. 220007
衛星写真で日本向けの地域が確認できる。
山が見える地域である。ラジャスタン州ではいろいろな石が産出する。岩山があるのである。

まだ何もない所に道路建設が始まっている。工場にとっては処女地で、先代の工場からの埋蔵物の危険は全くない。

山肌は背の低い灌木や草に覆われている。大木が育つほどの雨量はない。

近くの村の文化的あるいは、宗教的な施設があることがあるので注意が肝心である。

道路に先駆けて橋の建設が行われていた。

日進ブレーキのサイトである。この時期には珍しい雨の後であったので、ぬかるんいた。

麗々しく看板が・・

外人登録とPAN 2007/10/10
インドで日本人が仕事をするときに必要と思われるのが、諸外国の例からワークパーミットという考え方である。しかし、インドではワークパーミットはない。
日本を出る前に、必要な書類を必要な所定の様式で、インド大使館あるいは領事館に提出して、Employment
Visaをとり、インドに入国してから14日以内に所轄の外国人登録を扱う警察署に登録をすると、登録証を発行される(いわゆる外人登録であるが、事務所の所在地でなくて本人が住んでいる場所により登録する場所が決まる)。
このEmployment Visaが書類さえ整っていれば、東京のインド大使館で1日でとれる。外人登録も書類さえ整っていればこれまた1日でとれる。簡単といえば簡単である。
これに基付き、納税番号(PAN NO=Permanent Account Number通常10桁のアルファベットと数字からなる)を所轄の官庁から発行してもらう。これには数週間かかるが必ず出るから心配はいらない。
この登録証とPanカードがワークパーミットの代わりをする。
外人登録は、ニューデリーの事務所に通っていても、住居がグルガオンであれば、グルガオンで登録する。
館長はグルガオンに住むので、グルガオンのハルヤナ州政府のDistrict
Centre にあるMini SecretariatのFRRO(Foreign Resional Rsistration
Officer)のところに出頭して登録を行った。半日仕事であった。
先ず、FRROのMr.Subhshの前に出頭して、所定の書類を提出する。彼はそれをチェックして、助手のMr.yogindraに渡す。ヨギンドラさんは、それを原簿に記帳する。その原簿は一人一ページが与えられ、パスポートの詳細から、ビザの詳細、現住所などが記入され、最後に本人のサインで締めくくられる。そして、やおらパスポートに、外人登録がヨギンドラさんの手書きで記入される。これでこの部屋での作業は終わりである。
あとは、その原簿に別室(2階)にいる警察副署長(Deputy
Commisioner of
Police)のサインが入れば完了となるのだが、彼がいないと彼が席に戻るまで待たされる。彼のところへ、原簿を抱えたヨギンドラさんと出向くと、列を作って今っている人々を飛び越え、彼の大きな部屋荷入り込む。彼はすべてを了解していて、ヨギンドラさんの差し出す原簿にサインする。その時本人は彼の前に立つことになる。そして握手して終わりである。その間5秒くらいであろうか。これですべてこの建物での今日の仕事は終了である。11時から1時までのことであった。
おそらく明日には外人登録証が発行されるであろう。館長の場合前の時のPANがあるので、これは新たにとる必要はない。会社と住居の変更を届け出すればよい。
で、その外人登録は1年限りの有効で、一年たつを延長のお願いをする。それを提出すると、まずFRROより3か月の延長の許可を頂く。FRROは3か月の延長をした後、Home
Ministry(内務省)にお伺いを立てる。内務省がご機嫌良ければ、3か月以内に9か月の延長の許可がFRROに連絡される。そうするとめでたく、都合一年の延長が出来たということになる。内務省がご機嫌悪かったり、書類が内務省の意に沿わない場合は、3か月の延長を再度言い渡されたり、Under
Consideration(考慮中)という返事になったりする。
Under Conswiderationは勝手に解釈して通知が来るまで有効として暮して全く問題はない。3か月の再度の延長の場合は期日が来たら、日本に戻りまたEmpolyment Vizaの取り直しから始める羽目になりかねない。
何が決め手で、書類の不備となるのか理由の説明がないのでわからないので困る人がいる。何が原因でご機嫌が悪くなるのかも、測りかねることであり、これまた困ったことだとこぼす人もいるようだ。でも規則は規則故合法的になるように対応するしかないようである。くれぐれも不法滞在で国外追放にならないように注意が肝心である。
インドは書類の国でもある故、書類を馬鹿にしてはいけない。必かつ十分な書類を作ることに努力を傾注するに越したことはない。
Mini Sewcretariat ンお入り口である。チャンディガが本省故、出先のグルガオンにミニを作ったということで、車で6時間かけてチャンディガ参りするより便利になっている。

正面玄関である。FRROは左手の3階(日本流の4階)故、正面からは入らない。

前回のときは、だだっ広い倉庫の片隅に机があって、なんか外人部隊が駐留しての仮事務所みたいな感じであったが、今回は4畳半程度のガラスの小部屋が作られ、そこにFRROが鎮座して、それを取り囲み申請者とそのエイジェントがたむろしている感じになっていた。ここに映っているのはすべて申請者とそのエイジェントで、FRROのMr.Subhashは右手前のコンピューターに掛かりっきりで画面に映っていない。ガラス越しのこの一枚が限度である。なんせ警察の中である。

隣の事務局の部屋である。積み上げれれた書類は比較的新しい感じがする。でもあの中に入れられたらちょっと検索不可能になるのではないかと心配である。

ニームラナへの日系進出企業 2007/11/24
信頼すべき筋によれば、ニームラナ工業団地に進出を決めた企業は12社と言う。
そのうちの
日信ブレーキ
ACI
はRIICOとすでに土地のリース契約に調印して、地鎮祭を済ませている。
RIICOは前金を納入した下記の7社に土地のアロットメン・トレターを発行している。
トヨタ合成
Nippon Express
今仙
帝国ピストン
Exedey
IIT Corporation (縫製の検査会社)
天竺トレイディング(レストランとホテル)
これから、アロットメント・レターを出す先として、次の3社が挙げられる。
ダイキン(40エーカー)
三菱化学(15エーカー)
タカタ機械
その他、丸紅、C-ITOなど目白押しと言う。40社のまんざらあり得ない話ではないようである・・
New Industrial Complex (Majrakath) Neemranaの地図である・・

ラジャスタン州のフォーク芸 2007/12/4
ラジャスタン州のフォーク芸
11月30日・12月1日にラジャスタン州の州都ジャイプール行われたSurgent
Rajasthan : Partner
Summit(ラジャスタン州の覚醒:パートナーサミット)の夕食会が、州首相のラジェ女史の主催で、ジャイプールからファティプルシクリに向かった郊外のシソディア王女の庭園(Sisodia
Rani ka Bagh)で行われた。
その時紹介されたのがラジャスタン州のフォーク芸である。気候がベスト、少し涼しいくらいの気温で、まさに王者の気分を満喫できる庭園での供宴は観光ラジャスタン州を的確に出席者にアピールしていた。観光も忘れてないでとの、ラジェ女史の巧みな演出である。
総勢30名の大楽団の演奏は、迫力があった。また各パートのソロ演奏もなかなかのもので、声を作らない自然のボーイソプラノにも感心した。

顔を見せない奥ゆかしい演出のフォークダンスである。

昼間の会議の司会、饗宴の司会進行も彼女がやった。高名な人であろう。ややハスキーの声と、上流階級を思わせる立ち居振る舞いも大したものであった。

男女共演のダンスである。踊り込みが行われていることが良くわかる。

頭にものを載せるラジャスタン州の風俗を取り入れたダンスは観光用としても有名である。今夜は、脇に回っていた。

フィナーレの場面である。まさに会場をうまく使っての全展開である。圧倒的な迫力で会った。

フィナーレは踊り手たちは興奮していた・・

少年も忘我の体で声を張り上げていた・・

楽器の演奏にも負けない声であった・・

楽団の団長である。ゴスワミト名乗っていた。日本にも行って演奏したと胸を張っていた。

声を出せば腹がふぇる・・たくさん食うがいい!

会場の全貌。立派な庭である・・

フォーク芸を見守る招待客・・

BACK HOMEBACK HOMEBACK HOMEBACK HOME
リック
| インド交通事情 | 2007/10/6 |
| インドは車は左である。人はオウン・リスクで好き勝手に歩いている様である。 信号の長さを、館長は二つに分類する。シンガポール型とバンコック型である。シンガポール型は、信号の変わりがめまぐるしいくらい早い。バンコック型はうんざりするほど一つの信号が長い。館長は一つの信号で1時間以上待たされた経験がある。 日本はその中間であろう。インドはその日本とバンコックの中間であろうか。だからなかなか信号が変わらず、うんざりすることが多い。最近の信号では信号が変わるまでの残りの秒数を電光掲示するものが出てきている。 長いものは180秒以上を掲示している。3分である。 インドの伝統ある大都市では、Raj時代(英国統治時代)の名残のロータリーが残っている。馬車の時代の遺物である。そこへ、百万台の自動車が毎年投入されてきた。従い、車があふれ大渋滞が発生する。ロータリーをスムースにうまく抜けるのは本当に大変である。 インドの運転の見切りがすごい。宮本武蔵はその五輪の書で見切り3寸と説いたという。相手の太刀筋から3寸離れていれば、切られないとの極意を説いたという。インドの運転は見切り1寸である。人と車、車と車、車と自転車、車と牛などがすべて1寸の見切りで動いている。 中には見切りを間違え、接触事故を起こす車もかなりの頻度で出てくる。車の表面にその戦果を物語る傷持が多い。事故の保険は自分の車は自分の保険で修理することになっていることはすでに報告した通りである。保険の更改期に保険料が上がるのを避けるため、小さな傷、いや車が動いている間は、保険求償は行わないオーナーが多く、従い傷持ちの車が多く見られるわけである。 インドでは、こんなに自動車が増えることは想定外であった。従い渋滞に対する対策ができていない。日本の様に系統式の信号システムは導入されてない感じがする。また駐車が大問題である。インドの今までの建造物では地下に駐車場を設ける考え方がなかったので、自動車は建物を囲む狭い前庭・中庭・後庭に二重三重に駐車を強いられ、そこに止められない車は、路上駐車を強いられる。路上の駐車場は、政府がテンダーにより業者を指名して、業者は駐車料金を集めながら駐車をさせている。駐車する度に、5ルピー(15円)・10ルピー(30円)と駐車料金を取られる。時間は関係ないようである。 デリーの中心部のコンノート・プレイスでは、狭い駐車場に車が2重3重に駐車させらあれ、そこから出るときには、知恵の輪を解くように手で車を動かし所定の車を道まで誘導するのが、駐車場係員のあんちゃん達の重要な仕事になったいる。同じような光景がINAマーケットでも見られる。 最近のサケットあたりのオフィス・ビルでは地下2階まで駐車場を用意するところも出てきているが、日本と違いほとんどの上級職(マネージャー以上)は、社有車で通うか自家用車を通勤に使うため、スペースが足りなくなっている。 道路にはレーン(車線)が敷かれているが、ほとんどが無視される。デリー・グルガオン間が片道4車線の高速道路が開通したが、レーンを勝手に変えながら楽しげに走っている。レーン変更のインディケーターを使っている車はほとんど見当たらない。 バス・レーンもあるようだがこれもあまり効果を発揮していないようである。バスの運転は、乱暴で傲慢である。そこのけそこのけとばかりに暴走に近い形で走り回る。バスの車体はその結果の名誉の傷で満身創痍である。 最近デリーのポリスはスピードガンを利用して、スピード違反の取り締まりを行っている。館長の車も今週その洗礼を受けた。58キロ出していたとて、18キロオーバーで切符を切れれた。チャラン(罰金)900ルピー(2700円)であった。運転手の懐からの出費は痛いであろう。 インドで一番日本と違うのは、警笛についてである。警笛は鳴らす為にある。その頻度と音の大きさは半端ではない。日系の自動車会社はインド仕様として警笛を強化していると聞く。とにかく乗っているものは、乗っている間中同じ警笛音を聞かされ続ける。口で警笛を鳴らすなと運転手に言っても、永年の習慣は治らない。マルチスズキのある日本人技師は、自分の車の警笛のコードを断線して警笛を零にしたという。不思議なことに、鳴らされた前の車や、人が日本のように食ってかかる図はない。お互い様ということか。 昔インドの国会で如何にアンバサダーが不良な車であるかと議論されたことがあったそうだが、その時の議論の一部が頭に残っている。「購入して3か月たつと、アンバサダーは警笛以外のあらゆるところから音が出るようになる。」というもので、インド人のユーモアに感心した。 もうひとつ、インドでは直進信号が赤であっても、左折は特に禁止の表示がなければ自由である。丁寧に左折自由とわざわざ表示を出している交差点もある。道路が広いのとコーナーが角ばっていないからできる技であろう。 インドで自分で車を運転する日本人は数少ない。日本大使館のスタッフとか大和やさんの成松さんとか限られている。普通の日系企業では運転を禁止しているところもあるようだ。 でも、自家用車を運転するのはインド人にとって当たり前のことで、女性のドライバーのよく見かける。サリームくんは姫トラは危険と言っていたが、これは日本と同じようである。 |
| 左折自由の標識 |
| 堂々たる片道4車線。NH8(国道8号線)グルガオンとデリー間。車線変更が頻繁に行われし、二輪車がでたらめに車線を無視して走る。 |
| 駐車場は、2重3重に駐車させられる。手動で必要な車を動かし知恵の輪のように外へ出す。サロージニ・ナガル・マーケットの駐車場である・・ |
| まだましな感じのバスである・・ 1950年代のはじめに阿佐が谷から豊島園を往復していたバスがこんな感じであった・・ |
| バスは/~来るバスも、また来るバスも、みな同じ、満身創痍の、暴走の跡(キズ)・・ |
| コンノートプ・レイスの駐車の現状・・ この狭い駐車用にいかに多くの車を止めるかが、駐車係りのアンちゃんの腕であり、要求された車の出し入れも舌を巻く熟練度である・・まさに知恵の輪の技術である・・ |
| ニームラナ工業団地 | 2007/10/9 |
| JETROがラジャスタン州の開発公社であるRIICO(
Rajasthan State Industrial Development & Investment Corporation
Ltd. )とMOU(memorandum of
understanding)を交わし、日本企業の誘致を行っている工業団地が、ニームラナ工業団地(Neemrana Industrial
Area)である。 ニームラナ工業団地は、Phase-1, 2,が既にあり、今回Phase-3が日本企業誘致に充てられている。すでに日信ブレーキがその嚆矢となって地鎮祭を行っている。日信の工場建設は、オリンピックで名をはせた長野の北野建設が行う。 二番手が、三井化学で、11月が地鎮祭と聞く。 ニームラナ工業団地のデータの一部である。
衛星写真で日本向けの地域が確認できる。 | |||||||||||||||||||||||||||
| 山が見える地域である。ラジャスタン州ではいろいろな石が産出する。岩山があるのである。 | |||||||||||||||||||||||||||
| まだ何もない所に道路建設が始まっている。工場にとっては処女地で、先代の工場からの埋蔵物の危険は全くない。 | |||||||||||||||||||||||||||
| 山肌は背の低い灌木や草に覆われている。大木が育つほどの雨量はない。 | |||||||||||||||||||||||||||
| 近くの村の文化的あるいは、宗教的な施設があることがあるので注意が肝心である。 | |||||||||||||||||||||||||||
| 道路に先駆けて橋の建設が行われていた。 | |||||||||||||||||||||||||||
| 日進ブレーキのサイトである。この時期には珍しい雨の後であったので、ぬかるんいた。 | |||||||||||||||||||||||||||
| 麗々しく看板が・・ | |||||||||||||||||||||||||||
| 外人登録とPAN | 2007/10/10 |
| インドで日本人が仕事をするときに必要と思われるのが、諸外国の例からワークパーミットという考え方である。しかし、インドではワークパーミットはない。 日本を出る前に、必要な書類を必要な所定の様式で、インド大使館あるいは領事館に提出して、Employment Visaをとり、インドに入国してから14日以内に所轄の外国人登録を扱う警察署に登録をすると、登録証を発行される(いわゆる外人登録であるが、事務所の所在地でなくて本人が住んでいる場所により登録する場所が決まる)。 このEmployment Visaが書類さえ整っていれば、東京のインド大使館で1日でとれる。外人登録も書類さえ整っていればこれまた1日でとれる。簡単といえば簡単である。 これに基付き、納税番号(PAN NO=Permanent Account Number通常10桁のアルファベットと数字からなる)を所轄の官庁から発行してもらう。これには数週間かかるが必ず出るから心配はいらない。 この登録証とPanカードがワークパーミットの代わりをする。 外人登録は、ニューデリーの事務所に通っていても、住居がグルガオンであれば、グルガオンで登録する。 館長はグルガオンに住むので、グルガオンのハルヤナ州政府のDistrict Centre にあるMini SecretariatのFRRO(Foreign Resional Rsistration Officer)のところに出頭して登録を行った。半日仕事であった。 先ず、FRROのMr.Subhshの前に出頭して、所定の書類を提出する。彼はそれをチェックして、助手のMr.yogindraに渡す。ヨギンドラさんは、それを原簿に記帳する。その原簿は一人一ページが与えられ、パスポートの詳細から、ビザの詳細、現住所などが記入され、最後に本人のサインで締めくくられる。そして、やおらパスポートに、外人登録がヨギンドラさんの手書きで記入される。これでこの部屋での作業は終わりである。 あとは、その原簿に別室(2階)にいる警察副署長(Deputy Commisioner of Police)のサインが入れば完了となるのだが、彼がいないと彼が席に戻るまで待たされる。彼のところへ、原簿を抱えたヨギンドラさんと出向くと、列を作って今っている人々を飛び越え、彼の大きな部屋荷入り込む。彼はすべてを了解していて、ヨギンドラさんの差し出す原簿にサインする。その時本人は彼の前に立つことになる。そして握手して終わりである。その間5秒くらいであろうか。これですべてこの建物での今日の仕事は終了である。11時から1時までのことであった。 おそらく明日には外人登録証が発行されるであろう。館長の場合前の時のPANがあるので、これは新たにとる必要はない。会社と住居の変更を届け出すればよい。 で、その外人登録は1年限りの有効で、一年たつを延長のお願いをする。それを提出すると、まずFRROより3か月の延長の許可を頂く。FRROは3か月の延長をした後、Home Ministry(内務省)にお伺いを立てる。内務省がご機嫌良ければ、3か月以内に9か月の延長の許可がFRROに連絡される。そうするとめでたく、都合一年の延長が出来たということになる。内務省がご機嫌悪かったり、書類が内務省の意に沿わない場合は、3か月の延長を再度言い渡されたり、Under Consideration(考慮中)という返事になったりする。 Under Conswiderationは勝手に解釈して通知が来るまで有効として暮して全く問題はない。3か月の再度の延長の場合は期日が来たら、日本に戻りまたEmpolyment Vizaの取り直しから始める羽目になりかねない。 何が決め手で、書類の不備となるのか理由の説明がないのでわからないので困る人がいる。何が原因でご機嫌が悪くなるのかも、測りかねることであり、これまた困ったことだとこぼす人もいるようだ。でも規則は規則故合法的になるように対応するしかないようである。くれぐれも不法滞在で国外追放にならないように注意が肝心である。 インドは書類の国でもある故、書類を馬鹿にしてはいけない。必かつ十分な書類を作ることに努力を傾注するに越したことはない。 |
| Mini Sewcretariat ンお入り口である。チャンディガが本省故、出先のグルガオンにミニを作ったということで、車で6時間かけてチャンディガ参りするより便利になっている。 |
| 正面玄関である。FRROは左手の3階(日本流の4階)故、正面からは入らない。 |
| 前回のときは、だだっ広い倉庫の片隅に机があって、なんか外人部隊が駐留しての仮事務所みたいな感じであったが、今回は4畳半程度のガラスの小部屋が作られ、そこにFRROが鎮座して、それを取り囲み申請者とそのエイジェントがたむろしている感じになっていた。ここに映っているのはすべて申請者とそのエイジェントで、FRROのMr.Subhashは右手前のコンピューターに掛かりっきりで画面に映っていない。ガラス越しのこの一枚が限度である。なんせ警察の中である。 |
| 隣の事務局の部屋である。積み上げれれた書類は比較的新しい感じがする。でもあの中に入れられたらちょっと検索不可能になるのではないかと心配である。 |
| ニームラナへの日系進出企業 | 2007/11/24 |
| 信頼すべき筋によれば、ニームラナ工業団地に進出を決めた企業は12社と言う。 そのうちの 日信ブレーキ ACI はRIICOとすでに土地のリース契約に調印して、地鎮祭を済ませている。 RIICOは前金を納入した下記の7社に土地のアロットメン・トレターを発行している。 トヨタ合成 Nippon Express 今仙 帝国ピストン Exedey IIT Corporation (縫製の検査会社) 天竺トレイディング(レストランとホテル) これから、アロットメント・レターを出す先として、次の3社が挙げられる。 ダイキン(40エーカー) 三菱化学(15エーカー) タカタ機械 その他、丸紅、C-ITOなど目白押しと言う。40社のまんざらあり得ない話ではないようである・・ |
| New Industrial Complex (Majrakath) Neemranaの地図である・・ |
| ラジャスタン州のフォーク芸 | 2007/12/4 |
| ラジャスタン州のフォーク芸 11月30日・12月1日にラジャスタン州の州都ジャイプール行われたSurgent Rajasthan : Partner Summit(ラジャスタン州の覚醒:パートナーサミット)の夕食会が、州首相のラジェ女史の主催で、ジャイプールからファティプルシクリに向かった郊外のシソディア王女の庭園(Sisodia Rani ka Bagh)で行われた。 その時紹介されたのがラジャスタン州のフォーク芸である。気候がベスト、少し涼しいくらいの気温で、まさに王者の気分を満喫できる庭園での供宴は観光ラジャスタン州を的確に出席者にアピールしていた。観光も忘れてないでとの、ラジェ女史の巧みな演出である。 |
| 総勢30名の大楽団の演奏は、迫力があった。また各パートのソロ演奏もなかなかのもので、声を作らない自然のボーイソプラノにも感心した。 |
| 顔を見せない奥ゆかしい演出のフォークダンスである。 |
| 昼間の会議の司会、饗宴の司会進行も彼女がやった。高名な人であろう。ややハスキーの声と、上流階級を思わせる立ち居振る舞いも大したものであった。 |
| 男女共演のダンスである。踊り込みが行われていることが良くわかる。 |
| 頭にものを載せるラジャスタン州の風俗を取り入れたダンスは観光用としても有名である。今夜は、脇に回っていた。 |
| フィナーレの場面である。まさに会場をうまく使っての全展開である。圧倒的な迫力で会った。 |
| フィナーレは踊り手たちは興奮していた・・ |
| 少年も忘我の体で声を張り上げていた・・ |
| 楽器の演奏にも負けない声であった・・ |
| 楽団の団長である。ゴスワミト名乗っていた。日本にも行って演奏したと胸を張っていた。 |
| 声を出せば腹がふぇる・・たくさん食うがいい! |
| 会場の全貌。立派な庭である・・ |
| フォーク芸を見守る招待客・・ |
BACK HOMEBACK HOMEBACK HOMEBACK HOME
リック
ナレンドラ ダモダルダス モディ नरेन्द्र दामोदरदास मोदी Narendra Damodardas Modi 太陽系は約46億年前 18代インド首相 前グジャラート州首相
太陽系は約46億年前、銀河系(天の川銀河)の中心から約26,000光年離れた、オリオン腕の中に位置。
2022年 07月 09日
2022年 07月 09日
銀河系(天の川銀河)の中心から約26,000光年離れた、オリオン腕の中に位置。
2022年 05月 22日
2022年 05月 22日
インド沿岸警備隊がラクシャディープ諸島沖のフィッシングボートから麻薬を押収
Nikhat Zareenは、世界女子ボクシング選手権で金メダルを獲得したことで両親の功績を認めています
85 回視聴1 日前
BJP政府は、NEPのすべての地域言語を重要視しました:PM Modi
20 回視聴1 日前
BJP政府は、8年間の権力で貧しい女性の福祉のために働いた:モディ首相
38 回視聴1 日前
Jan Sanghの時代には誰も私たちを知りませんでしたが、労働者は国造りの政策を順守しました:PM Modi
20 回視聴1 日前
銀河系(天の川銀河)の中心から約26,000光年離れた、オリオン腕の中に位置。
2022年 05月 22日
2022年 05月 22日
VTS 01 1
0 回視聴7 年前
VTS 01 2
3 回視聴7 年前
VTS 01 2
5 回視聴7 年前
VTS 01 3
2 回視聴7 年前
VTS 01 1
1 回視聴7 年前
VTS 01 1
2 回視聴7 年前
VTS 01 2
1 回視聴7 年前
VTS 01 3
ナレンドラ ダモダルダス モディ नरेन्द्र दामोदरदास मोदी Narendra Damodardas Modi 太陽系は約46億年前 18代インド首相 前グジャラート州首相
太陽系は約46億年前、銀河系(天の川銀河)の中心から約26,000光年離れた、オリオン腕の中に位置。
ナレンドラ ダモダルダス モディ ナレンドラ ダモダルダス モディ太陽内部の物質は極端な高温のために全てプラズマの状態にある。18代インド首相 前グジャラート州首相
太陽系は約46億年前、銀河系(天の川銀河)の中心から約26,000光年離れた、オリオン腕の中に位置。
経済大国!? 成長を続けるインドに注目
ナレンドラ ダモダルダス モディ ナレンドラ ダモダルダス モディ太陽内部の物質は極端な高温のために全てプラズマの状態にある。18代インド首相 前グジャラート州首相
太陽系は約46億年前、銀河系(天の川銀河)の中心から約26,000光年離れた、オリオン腕の中に位置。
ナレンドラ ダモダルダス モディ नरेन्द्र दामोदरदास मोदी Narendra Damodardas Modi 太陽系は約46億年前 18代インド首相 前グジャラート州首相
太陽系は約46億年前、銀河系(天の川銀河)の中心から約26,000光年離れた、オリオン腕の中に位置。
オオカミの再導入
コンテンツ
アメリカ合衆国
アリゾナとニューメキシコ
コロラド
北ロッキー山脈
グレート スモーキー マウンテン国立公園
ノースカロライナとサウスカロライナ
ガルフコースト
ニューヨーク
ヨーロッパ
北欧
中央および西ヨーロッパ
オオカミの再導入
概要
イエローストーンとアイダホ州
オオカミの絶滅から再導入の提案まで
準備期間
再導入直前の民事訴訟
再導入とその後の経過
アリゾナ州とニューメキシコ州
中央ヨーロッパと西ヨーロッパ
日本
各地の動き
世論
ナレンドラ ダモダルダス モディ नरेन्द्र दामोदरदास मोदी Narendra Damodardas Modi 太陽系は約46億年前 18代インド首相 前グジャラート州首相
太陽系は約46億年前、銀河系(天の川銀河)の中心から約26,000光年離れた、オリオン腕の中に位置。
銀河系(天の川銀河)の中心から約26,000光年離れた、オリオン腕の中に位置。
、銀河系(天の川銀河)の中心から約26,000光年離れた、オリオン腕の中に位置。
「食べる」とは-命をつないでいくということ-
マイブログ
ナレンドラ ダモダルダス モディ नरेन्द्र दामोदरदास मोदी Narendra Damodardas Modi 太陽系は約46億年前 18代インド首相 前グジャラート州首相
太陽系は約46億年前、銀河系(天の川銀河)の中心から約26,000光年離れた、オリオン腕の中に位置。
ナレンドラ ダモダルダス モディ नरेन्द्र दामोदरदास मोदी Narendra Damodardas Modi 太陽系は約46億年前 18代インド首相 前グジャラート州首相
太陽系は約46億年前、銀河系(天の川銀河)の中心から約26,000光年離れた、オリオン腕の中に位置。
ナレンドラ ダモダルダス モディ नरेन्द्र दामोदरदास मोदी Narendra Damodardas Modi 太陽系は約46億年前 18代インド首相 前グジャラート州首相
太陽系は約46億年前、銀河系(天の川銀河)の中心から約26,000光年離れた、オリオン腕の中に位置。
銀河系(天の川銀河)の中心から約26,000光年離れた、オリオン腕の中に位置。
菅原 常司
銀河系(天の川銀河)の中心から約26,000光年離れた、オリオン腕の中に位置。
ナレンドラ ダモダルダス モディ नरेन्द्र दामोदरदास मोदी Narendra Damodardas Modi 太陽系は約46億年前 18代インド首相 前グジャラート州首相
太陽系は約46億年前、銀河系(天の川銀河)の中心から約26,000光年離れた、オリオン腕の中に位置。
ナレンドラ ダモダルダス モディ नरेन्द्र दामोदरदास मोदी Narendra Damodardas Modi 太陽系は約46億年前 18代インド首相 前グジャラート州首相
太陽系は約46億年前、銀河系(天の川銀河)の中心から約26,000光年離れた、オリオン腕の中に位置。
ナレンドラ ダモダルダス モディ नरेन्द्र दामोदरदास मोदी Narendra Damodardas Modi 太陽系は約46億年前 18代インド首相 前グジャラート州首相
太陽系は約46億年前、銀河系(天の川銀河)の中心から約26,000光年離れた、オリオン腕の中に位置。
新自由主義
経済政策
清好延氏逝去(72歳)…インド生活20年余…
人々は結果を見たいと思っています、政
ナレンドラ ダモダルダス モディ नरेन्द्र दामोदरदास मोदी Narendra Damodardas Modi 太陽系は約46億年前 18代インド首相 前グジャラート州首相
太陽系は約46億年前、銀河系(天の川銀河)の中心から約26,000光年離れた、オリオン腕の中に位置。
2022年 07月 09日
2022年 07月 09日
ナレンドラ ダモダルダス モディ नरेन्द्र दामोदरदास मोदी Narendra Damodardas Modi 太陽系は約46億年前 18代インド首相 前グジャラート州首相
太陽系は約46億年前、銀河系(天の川銀河)の中心から約26,000光年離れた、オリオン腕の中に位置。
2022年 06月 03日
2022年 06月 03日
太陽系は約46億年前、銀河系(天の川銀河)の中心から約26,000光年離れた、オリオン腕の中に位置。
ナレンドラ ダモダルダス モディ नरेन्द्र दामोदरदास मोदी Narendra Damodardas Modi 太陽系は約46億年前 18代インド首相 前グジャラート州首相
太陽系は約46億年前、銀河系(天の川銀河)の中心から約26,000光年離れた、オリオン腕の中に位置。
2022年 06月 03日
2022年 06月 03日
太陽系は約46億年前、銀河系(天の川銀河)の中心から約26,000光年離れた、オリオン腕の中に位置。
2022年 05月 22日
2022年 05月 22日
660643338 412568
4 回視聴5 か月前
660641759 851935
3 回視聴5 か月前
No 70 木月 綾
2 回視聴11 か月前
635126385 747429
5 回視聴1 年前
599632733 081506
2 回視聴2 年前
599374072 185453
2 回視聴2 年前
広島ミニヤギ牧場 菅原オレンジ農園 菅原レモン園
21 回視聴2 年前
CIMG6802
0 回視聴2 年前ック
ック
ナレンドラ ダモダルダス モディ ナレンドラ ダモダルダス モディ太陽内部の物質は極端な高温のために全てプラズマの状態にある。18代インド首相 前グジャラート州首相
太陽系は約46億年前、銀河系(天の川銀河)の中心から約26,000光年離れた、オリオン腕の中に位置。
2022年 05月 22日
水 追加 2009/5/25
ピアオーのただの水よりも、有料の水が清涼剤として、人気がある・・
うまそうに飲んでいるのはバイクのオーナーである・・
写真を撮られているのを知り愛想を振りまく余裕が43度の気温の中でもあるの
が憎い・・ 

マンゴーシェイキ 2009/5/25
5月から、6月のモンスーンの雨が始まってから2週間までが、マンゴーの旬であると館長は思っている・・
インド中で200種類以上のマンゴーがあると言われる・・
その中で美味しいマンゴーは約10種類ほどであろうか・・
地方、時期によりその味は微妙に違い甲乙つけがたい・・
御国自慢もあるようである・・
マンゴーシェイキに使うマンゴーは、値段のこともこれあり旬のものを使う様である・・
屋台のマンゴーシェイキは日本人はあまり飲まないようであるが魅力的である・・
ビノードくんに教えた館長のレシピは
マンゴーのぶつ切り
ミルク
砂糖
氷
をミキサーで攪拌する・・
するとマンゴーシャーベットの柔らかいものが出来上がる・・これが美味い・・
グラスではなく、小鉢でいただく・・
街頭の屋台のマンゴーシェイキ屋である・・ 

酒が飲めるのは 2008/2/25

インド人に聞くと、法律上は19歳、21歳、州により違うとかいろいろ意見が分かれていて、どうも良くわからない。
確かに19歳で結婚ができるので、19歳という主張もわかるような気がする。グジュラト州のように禁酒の州もあるので、一概には言えないのは事実である。
でも、25歳というのはちょっとない議論であろうと思うのだが、この写真でごらんのように、館長が推薦するレストラン「オーカルカッタ」では25歳以上でないと酒が飲めない。無分別な若者酔っぱらいは店の迷惑になるので飲ませないということなのであろうか・・
スイートライムジュース 2007/5/27
2007/11/7追加
モサムビー(スイートライム)については果物のところで紹介した。
此れをジュースにしたものがいける。街角では、一杯10ルピー(26円)~15ルピーで(39円)で飲ませてくれる。独特の絞り機を使っている。ひき肉の機械に似ているが、前方からジュースが搾り出され、その残骸が後から出てくる。
ミキサーやジューサーより細胞破壊が少ないようで、この絞り機を推奨する人がいる・・でも街頭ではあまり日本人は飲まないようであるが、なかなかのものである・・ 搾り機は、ひき肉の機械に似ている・・皮をむいたスイートライムを入れ、上から押える道具を使う・・ジュースと反対側から、しぼりかすが出てくる仕掛けである(この写真では向こう側にジュースが出る。こちら側にしぼりかすが出る。)・・この機械で作ると、ジューサーより旨い感じがする・・ジューサーの場合しぼりかすが混ざるのではないかと愚考する次第・・赤い布は消毒に意味があるのではないかと思ったりする・・

先ずスイートライムの皮を剥く・・白いところは残してよい・・それからやおら右側にある機械に入れる・・丁度挽肉の機械に入れるように入れる・・それを木製の独楽状の押さえで押し込むように抑える・・すると前方からジュースが、後から搾りかすが出てくる・・手動の機械で搾ったものが一番と通は言う・・電動式は味が壊れるとか・・

一杯のジュースを作るのに3~4個のスイートライムを使うようである・・

果物屋の店頭のムサムビー・・

高級レストランで供されるスイートライムジュース・・その品格のある味には驚かされる・・
JPゴルフ場のレストラン・・

ラッパ型のコップは量が入らないので、館長は一杯では物足りないのである・・

ポディナ・シャルバット 2007/5/14
ポディナーは薄荷(ミント)のことである。シャルバットはシャーベットの語源のペルシャ系の言葉で、インドでは飲み物のことを言う。
素焼きの壷に赤い切れを巻きつけ、蒸発熱で、中の薄荷の飲み物を冷たくして、売っている。
壷の周りには、ミントとニンブーをこれ見よがしに山盛りに飾り、涼を感じさせる。壷の入り口の赤い布を開けて中のジュースを取り出すとき、柄杓の柄についた、鈴が涼しげな音を立てる。
此れに似た飲み物に、青いマンゴーをジュースにしたり、ジーラと言うハーブを入れたジーラパーニーなどがある。 0319:涼しさを誘うしつらえである・・

0318:1杯を親子で飲んでいた・・鈴が涼しげな音をさせていた・・

0334:移動中の屋台である・・

グラブジャーマン・アイスクリーム 2006/9/7
グラブジャーマン(glub
jamun)は、ミルクボールを油であげてものを、バラの香りのするシロップにつけたインドのデザートである。グラブはバラと言う意味です。丸いもの、枕型のもの、茶色のもの、こげ茶のものなどバラエティーがあるが、通常は暖かいシロップにつけたものが供される。
これにマッチさせたのが、glub jamun n ice creamである。いわば、アイスクリームの天ぷらを思い出させるマッチングである。
今日は館長はこれをパイナップルジュースで頂いた。合計で50ルピー(125円)であった。
ベンガルマーケットのベンガルスイート。 ベンガルスイートハウスはお気に入りの店です・・
FICCIにいたときには、よく昼飯に来たものです・・

メニューです・・右側の下からXX番目にRs.26.-とあります・・

へへ・・これです・・なかなかのものです・・

ジュース部門の写真です・・
これを見てパイナップルジュースが飲みたくなったのです・・

2022年 05月 22日
| 水 追加 | 2009/5/25 |
| ピアオーのただの水よりも、有料の水が清涼剤として、人気がある・・ うまそうに飲んでいるのはバイクのオーナーである・・ 写真を撮られているのを知り愛想を振りまく余裕が43度の気温の中でもあるの が憎い・・ |
| マンゴーシェイキ | 2009/5/25 |
| 5月から、6月のモンスーンの雨が始まってから2週間までが、マンゴーの旬であると館長は思っている・・ インド中で200種類以上のマンゴーがあると言われる・・ その中で美味しいマンゴーは約10種類ほどであろうか・・ 地方、時期によりその味は微妙に違い甲乙つけがたい・・ 御国自慢もあるようである・・ マンゴーシェイキに使うマンゴーは、値段のこともこれあり旬のものを使う様である・・ 屋台のマンゴーシェイキは日本人はあまり飲まないようであるが魅力的である・・ ビノードくんに教えた館長のレシピは マンゴーのぶつ切り ミルク 砂糖 氷 をミキサーで攪拌する・・ するとマンゴーシャーベットの柔らかいものが出来上がる・・これが美味い・・ グラスではなく、小鉢でいただく・・ 街頭の屋台のマンゴーシェイキ屋である・・ |
| 酒が飲めるのは | 2008/2/25 |
インド人に聞くと、法律上は19歳、21歳、州により違うとかいろいろ意見が分かれていて、どうも良くわからない。 |
| スイートライムジュース | 2007/5/27 |
| モサムビー(スイートライム)については果物のところで紹介した。 此れをジュースにしたものがいける。街角では、一杯10ルピー(26円)~15ルピーで(39円)で飲ませてくれる。独特の絞り機を使っている。ひき肉の機械に似ているが、前方からジュースが搾り出され、その残骸が後から出てくる。 ミキサーやジューサーより細胞破壊が少ないようで、この絞り機を推奨する人がいる・・でも街頭ではあまり日本人は飲まないようであるが、なかなかのものである・・ |
| 搾り機は、ひき肉の機械に似ている・・皮をむいたスイートライムを入れ、上から押える道具を使う・・ジュースと反対側から、しぼりかすが出てくる仕掛けである(この写真では向こう側にジュースが出る。こちら側にしぼりかすが出る。)・・この機械で作ると、ジューサーより旨い感じがする・・ジューサーの場合しぼりかすが混ざるのではないかと愚考する次第・・赤い布は消毒に意味があるのではないかと思ったりする・・ |
| 先ずスイートライムの皮を剥く・・白いところは残してよい・・それからやおら右側にある機械に入れる・・丁度挽肉の機械に入れるように入れる・・それを木製の独楽状の押さえで押し込むように抑える・・すると前方からジュースが、後から搾りかすが出てくる・・手動の機械で搾ったものが一番と通は言う・・電動式は味が壊れるとか・・ |
| 一杯のジュースを作るのに3~4個のスイートライムを使うようである・・ |
| 果物屋の店頭のムサムビー・・ |
| 高級レストランで供されるスイートライムジュース・・その品格のある味には驚かされる・・ JPゴルフ場のレストラン・・ |
| ラッパ型のコップは量が入らないので、館長は一杯では物足りないのである・・ |
| ポディナ・シャルバット | 2007/5/14 |
| ポディナーは薄荷(ミント)のことである。シャルバットはシャーベットの語源のペルシャ系の言葉で、インドでは飲み物のことを言う。 素焼きの壷に赤い切れを巻きつけ、蒸発熱で、中の薄荷の飲み物を冷たくして、売っている。 壷の周りには、ミントとニンブーをこれ見よがしに山盛りに飾り、涼を感じさせる。壷の入り口の赤い布を開けて中のジュースを取り出すとき、柄杓の柄についた、鈴が涼しげな音を立てる。 此れに似た飲み物に、青いマンゴーをジュースにしたり、ジーラと言うハーブを入れたジーラパーニーなどがある。 |
| 0319:涼しさを誘うしつらえである・・ |
| 0318:1杯を親子で飲んでいた・・鈴が涼しげな音をさせていた・・ |
| 0334:移動中の屋台である・・ |
| グラブジャーマン・アイスクリーム | 2006/9/7 |
| グラブジャーマン(glub
jamun)は、ミルクボールを油であげてものを、バラの香りのするシロップにつけたインドのデザートである。グラブはバラと言う意味です。丸いもの、枕型のもの、茶色のもの、こげ茶のものなどバラエティーがあるが、通常は暖かいシロップにつけたものが供される。 これにマッチさせたのが、glub jamun n ice creamである。いわば、アイスクリームの天ぷらを思い出させるマッチングである。 今日は館長はこれをパイナップルジュースで頂いた。合計で50ルピー(125円)であった。 ベンガルマーケットのベンガルスイート。 |
| ベンガルスイートハウスはお気に入りの店です・・ FICCIにいたときには、よく昼飯に来たものです・・ |
| メニューです・・右側の下からXX番目にRs.26.-とあります・・ |
| へへ・・これです・・なかなかのものです・・ |
| ジュース部門の写真です・・ これを見てパイナップルジュースが飲みたくなったのです・・ |

























































コメント
コメントを投稿